よつばの日記帳

管理人よつばの日記。日々の出来事や感じたこと、過去の思い出など、あらゆることについて語ります。

【素朴な疑問】老人には許されて、若者には許されない、という妙な理屈

学習

「昔の人だから仕方ない?」

世の中には、おかしな理屈が多いように思います。

 

特に(私の周囲にもおりましたが)老人ほど偏った考え方をしている人が多かった印象があります。

 

そして、そういう人が例えば仮に差別的発言をしても「昔の人だから仕方ない」で済まされてしまう現実があります。

 

それ以外のことについても、「昔の人だから仕方ない」が多く存在し、そのためにおかしなことが多く起きています。

 

そしてそれに反することをすると、まるでいけないことをしているかのようなバッシングを受けることさえある、というのもまた現実に起こることです。

 

こうした傾向を見ると、年齢によって保護されるべきこと以外のことにまで、何かおかしな考え方によって支配されている妙な理屈がある、しか言えません。

 

(その状況に甘える人たちは、人として堕落しているとさえ思います)

 

「わからない」のは誰のせいなのか?

コンピュータを例に取れば、操作できないのは誰のせいでしょう?

 

自分のせいです。

 

操作できなければ、学習すればいいだけのことです。

 

それに、現在のコンピュータは使いやすくなりました。

 

世の中には解説のための情報があちこちに溢れているので、わからなければそれに手を伸ばせば簡単に理解することができます。

 

わからないはずありません。

 

小学生でも平気でコンピュータを使っています。

 

むしろ、車の運転の方が難しいとすら言えます。

 

良識ある権利能力者たる大人がコンピュータを使えない、ということは、その人自身の問題です(法的に制限能力者である子どもでも使えるのに)

 

さらに言えば、できないのではなく、わかろうとしないことが原因です。

 

若いからできるのではなく、せざるを得ない状況だから努力して使えるようになったと言う面もあるわけで、そのために何らかの犠牲を必ず払っているのに、そのことすらわからず、状況に身を置こうともしていない人たちに非難されても、それは話が違うというものです。

 

わかろうとしない人を切り捨てるのは弱者切り捨てでは無いはずだ

なのに、わかろうとしない人を切り捨てることは悪、とされることさえあります。

 

情報は公開されています。

 

隠されているのなら問題ですが、公開されているわけですから、知らない方がいけない、ということになります。

 

知らない、できない、ということについて、それをできるようにしようとする人とわかろうとしない人がいますが、わかろうとしない人をどこまでフォローしないといけないのでしょう?

 

それは過保護というものです。

 

その人の人生までフォローしろとでも言っているかのような印象を受けます。

 

おかしな特別扱いが多すぎる

冷静に考えて、しようとする意志がない人を保護する必要はないはずです。

 

意志がなければ放っておけばいいだけのことです。

 

それに、です。

 

歳をとっているほど社会的階層が比較的上層にいる場合がありますが、そんな人たちでもしていることは、他人の足を引っ張るようなことだったりします。

 

害をもたらしながら、なおそれでも自分本位…

 

これが許されるのはおかしいと思いませんか?

 

年齢の違いでこれをしてもいい、という理屈がどこにありますか?

 

人間はこうであってはいけない、と思います。

 

必要に迫られないからやらないのだとすれば、そういう状況にすればいいわけです(やればできることですし、誰もそんな高度なレベルまでは求めていない)

 

この世の中は、おかしなところに配慮するあまり、バランスを欠いているようなチグハグさを感じる、と言うのが私の実感です。